プロフィール


プロフィール

こんにちは、旅リーマンのZuminです。

このブログを見てくださってありがとうございます。

ベトナム、フィリピン、インドネシアとサラリーマンとして働くこと6年目。

「旅するように働く」をモットーに、好きな国で自由にサラリーマンとして働きつつ起業を目指して活動しています。

旅リーマンどっとこむでは、

  • 自由に海外を飛び回りたい
  • 人生の選択肢を増やしたい
  • 海外転職・ビジネスで成功したい

そんな人に向け、スキルを高めながら世界中を飛び回る僕のアウトプットの場として発信をしています。

まず僕が、どんな人生を歩んできたのか?

以下、これまでの僕の人生をハイライトしていくので、興味がある方のみご覧ください。

旅リーマン Zuminの経歴

旅リーマン Zuminの経歴

幼少期:引っ込み思案の泣き虫

平成元年、4人兄弟の長男として東京に生まれ、体は大きく幼稚園、小学校、中学校と背の順はいつも一番後ろでした。

ただ、体格とは真逆に、性格はとにかく小心者、緊張しいですぐ泣いてしまうほど弱々しかったのです。。。

父の会社での社員旅行で行った人生初の海外旅行のハワイを高熱で台無し、実家のある沖縄にも毎年帰っていましたが、一切食事が喉を通らず台無し、学校の修学旅行なども全く楽しめない人間でした。

そんな性格を徐々に変えていってくれたのが、小学校高学年から始めた野球。

地元の少年野球チームに入り、中学でも野球部に入り、全く上達はしなかったもののスポーツによって、少しずつ弱い性格を克服していきました。

ちなみに、東京人ですが子供の頃から阪神タイガースファンです(笑)

高校時代:柔道とバイトに明け暮れる日々

高校時代は、地元の公立校に通い、幼なじみに誘われ、強くなりたいという好奇心から柔道を全くの未経験から始めました。

誘ってくれた友達は1年持たずにやめていったものの(笑)、黒帯だらけの中で、1人しごかれ3年間で初段と二段を取得し、黒帯を取得しました!

その傍ら、地元のラーメン店でバイトをしつつ、進学のための学費を稼ぎ始めました。

専門学校時代:ひたすらTOEIC800点を目指す日々

「海外で働きたい!」という漠然とした夢があったので、英語を勉強したいと思い、東京では割と有名で、簡単に入れそうな外語学院に入ることにしました。

TOEICで800点を越えると、学校から奨学金20万円がもらえたので、それだけを目指してがむしゃらに勉強をしていました。

当時は、朝9時から夕方5時まで、英語の勉強→夜6時から朝4時までラーメン店でのバイトのルーティーン。

生活リズムはバグっていましたね(笑)。

2010年:アメリカ短期留学と大学編入

進路は楽な道を選び、編入で姉妹校の大学へ進学することを決めました。

同時に、卒業前最後のTOEICでようやく800点越えを達成し、奨学金20万円をゲット!

そのお金を自己投資し、憧れのアメリカ・サンディエゴへ1ヶ月の短期語学留学をしました。

通っていたアメリカ・サンディエゴの語学学校

ドキドキしながら、初めての1人海外。

しかし、優しいホストファミリー、世界各国から来た友達との出会い、それなりに自分の英語が通じているという喜びから、そんな不安はすぐに吹き飛びました。

毎日バスで片道1時間ほどの通学、夜は友達の家でお酒を飲んだり、週末にはレンタカーでLAに旅行に行ったり。

夢のような時間はあっという間に過ぎていきました。

2011年:就活で100社以上エントリーも落選、失恋で絶望

そんな楽しい日々だけが続くわけもなく、厳しい現実を突きつけられます。

大学3年時の1年間、ひたすら就活に苦しむことになります。

とにかくガムシャラに興味のある企業100社以上にエントリーするも、全く最終面接へ進めず苦悩の日々。

周りがどんどん内定をもらう中、焦りから空回り、遂には某IT企業の圧迫面接中に悔し泣き。

さらに追い討ちをかけるように、当時付き合っていた彼女と別れることになり、精神的に病み、現実から逃げ出すことに。

2011年夏:アメリカへバックパッカーとして現実逃避

絶望の中、とある企業の説明会で隣の席に座った就活生との出会いを思い出したのです。

その彼は、「グレイハウンドというバスを使って、バックパッカーとしてアメリカ横断の旅をした」というのです。

早速、同じく悩んでいた幼なじみの友人を誘い、夏休みを丸々利用して、よくある「自分探しの旅(笑)」へ出ることを決意。

退路を断つために、すぐにLA行きの格安航空券をGETし、手持ち10万円で1ヶ月間バックパッカーとしてグレイハウンドバスでアメリカ一周の旅に出ました。

旅は1ヶ月間、陸路でLAからNY、さらに飛行機が往復チケットの関係で、30日後にはLAに戻ってくるというかなり過酷なスケジュールを組みました。

おかげで旅は過酷を極め、1日1都市、毎日10時間バス移動、1日1食、グランドキャニオンの近くで野宿など、これまでに経験したことのない体験だらけで、思いっきり殻を破ることができました。

グランドキャニオン制覇

諸々の体験は、アメブロが残っており、学生のノリで恥ずかしい表現がたくさんありますが(笑)興味ある方はどうぞ。

>> Zuminのアメリカ一周ブログ

2011年秋:ラストチャンスで内定ゲット!

アメリカ一周バックパッカーを経験したことで、自信がついた僕は再び就職活動を再開。

当時は、10月ともなると新卒採用の期限は終わると言われていたのですが、ギリギリのタイミングで希望していた某IT系上場企業の面接をクリアすることができました。

今思えば、1次面接は普通に落とされてもおかしくないレベルで、会社のことを全く理解していなかったのですが、人事担当の方が「もう1回準備して出直してきな!」と2度目のチャンスをいただくことができたのです。

それ以降は不思議とトントン拍子で、4回の面接をクリアし晴れて内定を勝ち取ることができました。

内定を聞いた瞬間に、泣きながら母親に電話したことは今でも忘れません。

2011年冬〜春:バイトとオーストラリア留学

内定が決まったことで、一気に肩の荷が降り「社会人になる前にもう一回海外に出る!」と決めた僕は、大学の単位を取りながら、再びラーメン店で夜6時から朝4時までのバイトをひたすら繰り返していました。

比較的安く留学できるオーストラリアに照準を当て、とにかくお金を使わず貯め続け、2011年末にオーストラリア・シドニーへ3ヶ月のビジネス英語留学を実現させました。

しかし、これまでガマンしていたものが一気にはじけたのか、英語よりも遊びを重視。。。

学校をサボってビーチでBBQ、飲み会、旅行と本来の目的ではないところに時間を使ってしまいました(反省)

弾丸でウルル(エアーズロック)に行ったり、スカイダイビング、バンジージャンプ、ダイビングなど人生で1度しかできないようなことをたくさん経験することができました。

2012年春:就職と新たな葛藤

無事に就職を決め、ネット広告の営業部隊に配属されました。

当時は、検索エンジンの広告が盛り上がっており、来る日も来る日も電車通勤、ひたすら営業の電話をかけ、成約を決めていくという単調な日々。

上司に怒鳴られ、モンスタークレーマーからの対応で、さらに500万円の奨学金(学生ローン)の返済で心はズタズタ。。。

「自分の人生ってこれでいいのか?」と考える日々が続きました。

2015年:大きな転機

それでもなんとか3年間やり遂げ、大きな転機が訪れます。

ちょうど、その時期会社が海外への進出を強化するという話が出始めました。

「これだ!」と思った僕は、迷いなく新卒3年目で利用できる社内異動制度を活用し、海外部隊の立ち上げに立候補します。

これまでの実績と英語力を取締役にアピールし、なんとか合格、準備期間3ヶ月を経てベトナムへと派遣されることになります。

ベトナムにはすでにグループ会社があったため、その仲間たちとサービス立ち上げに奔走。

「さぁ、やるぞ!」と覚悟を決めた3ヶ月後、次の国へと移ってほしいと指示が。。。

ベトナムチームとのお別れ

2015年冬:フィリピン生活

ベトナムでの不完全燃焼の中、次の舞台であるフィリピンへ移住します。

こちらは、サービス立ち上げはおろか、会社が立ち上がったばかりで何も整っていない状態。

人の採用、仕組み作り、営業、サービス開発、マーケティング、カスタマーサポートチームの構築と、ありとあらゆることをゼロから立ち上げていきました。

正直、来る前はフィリピンだけは行きたくないなと勝手に想像していましたが、住めば都。

明るい国民性、著しい経済発展、英語が問題なく通じるということで、すぐに生活にも慣れました。

この経験で改めて、物事を経験せずに判断することなく、視野を広げることの大切さを学びました。

フィリピンのオフィス

仕事も徐々に軌道に乗ってきた2年目、同時にスピード感という部分で物足りなさも感じ始め、さらなる成長を求めて、人生初の転職を決意します。

2017年:転職でインドネシアへ

次は、デジタルマーケティングを取り扱うスタートアップ企業で、営業のマネージャーとして、インドネシアのジャカルタへ拠点を移すことに。

ジャカルタのオフィス

インドネシアの経済成長スピード、人材の優秀さ、テクノロジーという面では、ある意味日本より先を行っているものが多く、驚きました。

仕事面では、コネも何もない状態で苦しい事は多かったですが、伸び続ける会社の中で置いていかれないよう、自分の足で切り拓いて、大きなプロジェクトを成約していくという達成感からさらなる自信を手にすることができました。

ここでとにかく生活費を下げ、奨学金を毎月繰上げ返済し、なんとか完済!

2019年:再び転職でフィリピンへ

インドネシアでの生活から2年後、「将来は自分の力で自由に生きていきたい」と考えるようになり、経営や事業開発のスキルが必要と感じ、個人的な理由も重なったため、フィリピンにある日系企業の支社へ再度転職することに。

その直後、コロナで家から出られない状況が続き、自らのインプット・アウトプットの量を増やしていくため、このブログをスタートしました。

現在は、本業をやりつつ、空いた時間でブログ、投資、さらにパートナーと共にクラウドキッチンという日本食のデリバリー事業を立ち上げ、アドバイザーという形で関わっています。

ご覧の通り、僕はお金持ちの家に生まれたわけでもなく、いい大学を出たエリートでもなく、失敗だらけの人間でした。

ダサい失敗もあえて公開することで、悩んでいる多くの人に希望を持ってもらえるようなブログにしたいと思っています。

10代から20代前半は、何でもない思考停止人間でした。

ただ、それと同時に「安定」や「普通の人生」を求めてしまう自分がコンプレックスでもあり、悩みもがきながらも、あえて環境を変え、新たな挑戦を繰り返すことで、地道に人生を切り開いてきました。

このブログを通して僕が伝えたいのは、

「視野を広げること」の重要さ。

日本のように居心地のいい場所にいるとどうしても、同じ価値観や気の合う仲間とつるみ、同じ景色を見る。

いつの間にか年を取り、家族を持ち、夢を捨て、「このままでいっか」と妥協。

挑戦せずに安定を求めがち。

僕もあのまま、日本でサラリーマンをしていたら、間違いなく周りに流され、悩みを抱えながらも変わらない暮らしをしていたと思います。

視野が狭い→選択肢がない→淡々と生きる

そういった生き方を否定するつもりはありませんが、若いうちにチャレンジせずに後悔する日本人を少しでも減らしたい。

そんな気持ちで、このブログでは僕のこれまでの経験やタメになる情報をアウトプットしていきます。

旅リーマンどっとこむについて

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旅リーマンどっとこむでは、グローバル人材を目指す人に向け、海外をベースに働いてきた筆者の知識や、リアルな経験をベースに、有益な情報発信をしていきます。

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  • 個人時代を生き残るためのビジネススキル
  • 海外におけるビジネストレンド
  • 投資やブログでの副業に役立つ情報
  • 旅行、移住でのお役立ち情報
  • 英語、各国ローカル言語の勉強法

サラリーマンとして海外を飛び回る僕だからこそできる、経験ベースの情報を発信していきます。

このブログが、少しでも多くの人の視野を広げるきっかけになれば幸いです。

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